韓国現代史映画はおもしろい
この1,2ヶ月くらいで韓国映画を観た。『タクシー運転手 約束は海を越えて』、『ソウルの春』、『モガディシュ 脱出までの十四日間』、『パラサイト 半地下の家族』、『国際市場で逢いましょう』、『大統領の理髪師』の6本だ。このうち『パラサイト』以外の作品は朴正煕以降の、軍事力を背景とした勢力が政権を握る時代を背景とした、現代史の作品だ。とりわけ『タクシー運転手』と『ソウルの春』はそれぞれ軍部による戒厳令下での虐殺(光州事件)と、その軍部が一夜にして政治的な実権を握る過程を描いた作品であり、それは昨年12月に世界に衝撃を与えた尹錫悦大統領の戒厳令騒動を想起させる。
同じ民族同士で嫌悪しあう悲哀、武装した軍人への抵抗も辞さない当時の学生らの頑強さ、どんな手を使ってでも真実を世界に伝えんとする記者の使命感、あくまで正統な政府を守ろうとした軍人の覚悟、政治的なことには首を突っ込まずに平穏な暮らしを守りたい一市民の切実な願い。韓国の現代史映画からは、人々の想いがありありと伝わってくる。そしてこれらの映画が3,40年前の出来事をモデルとしたものとは思えないほど劇的なものでもある。
韓国の民主主義は、尹大統領による戒厳令が多くの国民と与野党問わぬ議員らの抵抗によってわずか6時間で解除にいたったことで「成熟した民主主義」だと言われた。ただ、分断深まる現状をみると「成熟した民主主義」からは程遠いように思える。だが、韓国の民主主義は積み上げられてきた民主主義なのではないか。幾度となく挫折し、その度に多大な犠牲を払いながらも少しずつ積み上げられてきた韓国の民主主義は、終戦とともにお上から与えられた日本の民主主義とはどこかかけ離れたものに見える。
韓国の現代史映画がおもしろいのは、積み上げられてきた民主主義の歴史に裏打ちされたものだからなのではないか。そのときそのときの人々の想いをできるだけ鮮明に後世に伝えようという努力の成果なのではないだろうか。ただ、こんなエラそうな文章を書いておきながら僕は日本の現代史映画を全然観たことがない。ので、もし面白そうなのを見つけたらきっと観ようと思う。そうやって初めて比較ができるはずだ。
※『モガディシュ』『大統領の理髪師』は公式サイトが消えてしまっていた...
峰集落探訪記② ~探索編~
前回記事の続きです
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大根山の神に到着し、ようやく一息ついた我々一行。
Kの機嫌も直り、峰集落まであと一歩です。
目印は、林道が途中で途切れている場所。そこに峰集落はあります。

さっきまでの険しい林道とは打って変わって舗装された林道がどこまでも続きます。
どこまでも......
あれぇ?
この林道はどこまでも続いちゃいかんものでは...?
前の記事に書いた通り、私は11年前のyoutubeを参考に計画を立てておりました。
そして、11年もあれば風景なんて変わって当然なのです。林道は延長され、目印にしていた途絶地点はなくなってしまったのです。
このままでは企画倒れもいいところ。Kの機嫌もまた悪くなってしまう...
そんな懸念の矢先、一台の車が近くに止まりました。
最後の住民
降りてきたのは初老の男性でした。一か八か、峰集落について知っているのにかけて聞いてみるしかありません。
私「すみません、この周辺にむかし峰という集落があったそうなんですがどこにあるかご存知ではないですか?」
男性「あぁ、ここですよ」
私「そうなんですか!なんでご存知なんですか?」
男性「あ、最後の住民です」
私&K「?????」
なんという豪運、私たちはいつの間にか峰にたどり着いていただけでなく、峰最後の住民と出会ってしまったのでした。








1:うっそうとした杉林になった峰集落跡2:左下に見えるのが日天神社3.4:日天神社内に置かれたノート。宮崎の高一の熱情には脱帽
5.6苔むしたかまどと井戸
7どれだけの時を経てためられた水だろうか
8廃村になって50年の月日を感じさせないほど生活感が色濃く残る。
9壊れた電子機器。
峰集落の歴史についてある程度予習していたので、最後の住民として紹介されていた男性の名前を尋ねると
「なんで知ってるんですか(笑)」
と驚かれました。この男性は私が名前をあげた方の息子さんだそうで、10代のころに山を家族と降りたそうな。
質問にもいろいろと答えてくれて
・集落にはフクシマ氏とカトウ氏が多かったこと
・最も富裕で、集落の高地に住んでいたフクシマ氏が一番早くに山を下りたこと
・集落に水が通っていなかったこと
・林業をなりわいとしていた集落民は下山後なかなか苦労したこと
などを教えてくれました。





3:急勾配の上のフクシマ邸跡。山城のような威圧感だ
4,5:フクシマ邸跡。
下山
そんなこんなで1時間ほどで探索を終え、下山することに。
別れ際に「廃村について本でも書いてくださいよ」なんて言われてちょっと感激してしまいました。目指す先は令和の柳田国男であります。
下山時は林道を通ることに。
数々の清流とわさび畑、やまびこを楽しみながらルンルンのハイキングでした。

ルンルンのハイキングを終え、余韻に浸ることもできぬほどにパンパンになった足を引きずりカフェYAMABATOへ。
食事もほどほどに店を出て家へと帰っていきます。
今日一日の非日常が嘘のようにもとの生活に私たちは戻っていきます。
でも、そんな生活も歴史の一部として残る。そんな事実に気付き、想いを馳せることのできた一日でした。


峰集落探訪記① ~登山編~
5月某日、私はある廃村を訪れるため、高校来の友人K(『こころ』とは無関係)とともに奥多摩は鳩ノ巣駅に降り立ちました。
ある廃村とは、峰集落。
江戸時代に材木業で大いに栄え、かの日本民俗学の父柳田国男が訪れた過去を持ちながらも、1972年に最後の住人の下山によって400年の村史に幕を降ろした神秘の集落...
これらはすべてネット記事の受け売りで真偽は不明な訳ですが、人の消えただとか神秘のほにゃららなんて言われたら行ってみたくなるのが人の性。大いなる冒険心を持って私たちは峰を訪れたのでした。

鳩ノ巣は観光地としても有名だそうで、登山によってへろへろになる前に観光を楽しんでおこうと鳩ノ巣渓谷に行きました。

都内ではなかなか見られない清流と新緑を味わえました。隣駅までのハイキングコースもあったので、時間があったらいつか歩きに来たいなあ。
峰集落へ
さわやかな緑が心と目を元気にしてくれたところでいよいよ峰集落を目指します。
Google Mapを見てみると、峰集落近くの目印となる大根山の神という神社へは林道を通って行くことができます。
でも私たちはあくまで本仁田山・川乗山登山口から大根山の神を目指します。
というのも、今回の計画は11年前にyoutubeに投稿された峰集落探訪の動画を参考にしているため、できるだけそれに沿って行こうということになったからです。
これがまあしんどかった...


町を見下ろす絶景に感嘆するのも束の間、本格的な登山道に苦しめられます。
我々は所詮都会に暮らすしがない大学生。木の根と岩でごつごつの登山道を進むのも非日常で一苦労なのです。
実際、すれ違う登山者はみなさん本格的な登山準備をしている方ばかりで、恐らく川乗山からの下山者であるのでしょうが、自分たちはガチの登山をしているのだと思い知らされました。



1時間も歩いているとKもネガってくるようになり(もともと私がむりやり連れてきたため)、険悪な雰囲気を払拭するためにも一刻も早い到着がもとめられる事態に。
あとちょっとだからと何度もKに奮起を促しながら進み、登山開始から1時間半ほどで中間目標の大根山の神に辿り着くことができました。
参拝を兼ねて小休止してから、いよいよ峰集落へのラストスパートに差し掛かります。
続く... ブログ記事編集 - はてなブログ (hatena.ne.jp)

『こころ』にみずみずしく描かれるBSS的地獄
夏目漱石の『こころ』。
1956年から国語の教科書に採録されているそうで、誰もが一章くらいは読んだことがある歴史的名著です。
文系学徒として大学の門を叩いたわけですから、教科書に収録された名著くらいは読んどかなきゃなというちょっぴりの義務感のもと、私はこの本を手に取ったのでした。(kindleだけど)
心臓を鷲掴みにするBSS
BSS(僕が先に好きだったのに)
という概念はご存知でしょうか。
BSS (ぼくがさきにすきだったのに)とは【ピクシブ百科事典】 (pixiv.net)
恋愛下手の甲斐性なしなら一度は、もしかすると何回でも辛酸をなめさせられた現象では?
私はこの概念がたまらなく好きなのです。なぜなら私が恋愛下手の甲斐性なしだから。いつだって人間は似たものを求めるもので、恋愛をしなくても生きていけるこんな時代だからこそ、恋愛で失敗し続ける貴重な同志の存在を知れるこのカテゴリは好みなのです。
結末は違えど、『こころ』はあまりにもこの概念の解像度が高すぎる作品でした。
これほどこの概念をみずみずしく描ける夏目漱石、そして採録し続ける国語教育界の性癖はきっとBSSに違いありません。
印象に残ったパンチラインと場面をあげながら、この作品の解像度がいかに高いかを書いていきます。
※作中の先生の一人称は”私” ブログ主の一人称は”わたし”とします
「本当の愛とは宗教心とそう違ったものではないという事を固く信じているのです。」p170
沼地のように重く抜け出せない地獄の始まりはいつだって片想いです。
そして恋愛下手はその相手に異様な忠誠心をもって従属することを意識化、無意識化に行ってしまう哀れな存在なのです。
そのことを先生は見事に言語化してくれました。
異性という存在を意識し始めた私=先生 はかわいいほどに初恋ムーブを見せます。
相手が何をしていてもそれは特別なものに見えますよね。
話したいくせに、相手から話しかけてくれるのを待って、頭に入りもしない勉強を続けるのですよね。
わかります。
そんな美しい体験の記憶の一つ一つが、後に己を蝕む執着へと変わっていく...
結末を知っている神様の視点では、この場面も地獄への伏線のようです。
「私はお嬢さんの声を聞いたのです。声は慥かにKの部屋から出たと思いました。」p199
少し場面は飛んで、Kとの同居生活が始まったころ。
ここらから雲行きがあやしくなってきます。
この一文を読んだとき、心臓がぎゅうと縮こまった感覚がしました。
一気にどろどろとした感情が噴き出てきたでしょう。無意識のうちに鼓動が早くなって、呼吸がしづらくなって...
信仰の対象には自分だけを向いていてほしい。ほかの人間との個人的交流など見たくもありません。
「つまりお嬢さんは私だけに解るように、持前の親切を余分に私の方へ割り当ててくれていたのです。(中略)私は心の中でひそかに彼に対する凱歌を奏しました。」p214
かと思ったらこれです。共感でしかありません。
なんにでもない相手の親切が、自分への特別の好意のように錯覚されてしまうことのなんと多いことか。この現象にどれほど苦しめられたか。
この時の喜びはほとんどドラッグのようなもので、深刻な中毒を引き起こします。この瞬間、先生はお嬢さんへの信仰を、忠誠心を、固執をより強くしたに違いありません。
「ある時はお嬢さんがわざわざ私の室へ来るのを回避して、Kの方ばかりへ行くように思われる事さえあったくらいです。」p215
そしてこうくる。この間わずかに1ページです。ジェットコースターを思わせるような情緒の乱高下が先生にもわたしにも起きています。
さっきとは逆で、何でもない行動の一つ一つがネガティブなものに見えてしまうのもあるあるです。
ただ、この悪い予感というのは当たってしまうことが往々にしてあるというのを、同志の方なら分かってくれるのではないでしょうか。
人一倍あの子のことを観察しているからこそ、変化には敏感なのです。
「するとKのすぐ後ろに一人の若い女が立っていました。(中略)その女の顔を見ると、それが宅のお嬢さんだったので、私は少なからず驚きました。」
そりゃ驚きます。
わたしも信仰していた子のデート現場を何度か目撃したことがありますが、初回は友人たちの目をはばからず泣きました。駅でギャン泣きです。迷惑極まりない。
わたしの場合はまだ、そばに友人がいてくれました。
では、先生は? 一人で生産性のかけらもない思索を繰り広げたでしょう。
これまでのお嬢さんの態度が線でつながったと、早合点したでしょう。
ウロボロスのように終わりのない、かつ真綿で首を締めるようなじりじりとした苦しみです。
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疲れました(笑)
まだまだ『こころ』の核心にはかすりもできていません。ただ、私が『こころ』を通じて共有したかったBSS的部分は書けたかなと。これ以上は、ブログ初心者のわたしの体力がもちません。
そもそもこの作品はBSSですらないのだから、この記事を読んだ方からお𠮟りを受けるかも。
でも、BSS的部分が見事に刺さっちゃったのでしょうがない。
皆さんご存知の結末部分では、どうしてもKは悲劇の人物になります。高校の授業でもそういう扱いでした。
たしかにKはあまりに壮絶な失恋に、自死するほどの苦しみと悩みを与えられました。
それでも、自分の恋愛体験とあわせて読むと、どうも先生に情が移ってしまうのです。
それはやっぱり、作中のBSS的場面に、地獄の苦しみを蘇らせられるからじゃないのかな。
この感想をどうしても誰かに共有したいがゆえに当ブログ第一号記事の題材と相成ったのでした。
近代文学って、すごい。